サンビューハイツ南青山

住まいを優しく包む “黒谷和紙”

京都・綾部の山間で、百年以上続く手漉き技法を守りながら作られる黒谷和紙。
この地域に拠点を構え、伝統的な和紙づくりを行う〈紙漉キハタノ〉。山水を引き込み、手仕事の工程を一つひとつ積み重ねながら、素材の個性を見極めて漉かれる和紙は、同じように見えて同じものが一枚もありません。繊維の重なりや揺らぎは自然の痕跡そのもので、光を受けると静かな凹凸が浮かび上がります。

この住まいでは、その黒谷和紙をリビングダイニングの壁面・天井全体に贅沢に用い、空間を“柔らかさの膜”で包むような設えを施しました。和紙はただの仕上げ材ではなく、光を拡散し、まぶしさを抑えるフィルター、陰影のグラデーションを生むスクリーン、空間の湿度を調整する“呼吸する素材”として働きます。特に本物件のように、北側からの穏やかな光が入り込むお部屋では、黒谷和紙の「光を吸い、返す」性質がより繊細に際立ちます。朝は淡く白みを帯び、昼はあたたかく、夜はしっとりと深い表情へと沈んでいく。時間そのものが壁に映り込み、生活の動きまでも静かに美しく見せてくれる。そんな背景として機能します。

変わらない光、変えていける暮らし

この住まいでは、窓から差し込む自然光という“変わらない価値”を起点に、時代や流行に左右されない普遍的な暮らしを追求しています。
光や影、人の滞在時間にそっと寄り添い、暮らしに静かなリズムを生む自然体の住まいです。間取りは、住まい手が自分らしい暮らし方を選べるよう設計。キッチンはあえて独立させ、リビング・ダイニングとの距離を保つことで、家具配置や生活動線に柔軟性を持たせました。LD空間には一日を通して穏やかに光が変化し、居心地に合わせて自由に使えます。

2つの個室はどちらもメインベッドルームになる広さを確保しつつ、光の入り方やLDとの距離感で個性を演出。書斎、ラウンジ、ベッドルームなど、暮らしに合わせて選び変えられる余白を残しています。
“変わらないもの（自然光・素材の質）”と“変えていけるもの（間取り・生活のリズム）”を重ね合わせること。それが、長く愛される住まいの普遍的な考え方です。

時間と共に表情を変える窓辺空間

北側に大きく開いた窓から差し込む光は、時刻や季節の移ろいとともに姿を変え、障子や飾り棚を通して空間全体に穏やかな変化をもたらします。
障子越しに映り込む木漏れ日や風の揺らぎは、住まい手の時間の流れを柔らかく描き出し、室内に静かなリズムを生み出します。

日中、陽が高い時間帯には、外光が黒谷和紙の面に反射し、空間は淡い琥珀色のような温かさに包まれます。ところが夕刻を過ぎると、その光は徐々に青みを帯び、窓辺は静けさをまとった澄んだ色へと変わっていく。窓辺を単なる採光のための開口として扱うのではなく、光と影、時間の流れが静かに立ち上がる“日常の舞台”として捉える。そこに立ち上がるわずかな変化が、暮らしに心地よいリズムと深呼吸のような余白をもたらすよう意図しています。
飾り棚の天板にはステンレスを採用し、わずかな光も丁寧に受け止めながら、オブジェや花器を置けば季節や気分に応じて表情を変える舞台となります。

視線の先にある、静かな奥行き

空間に大きな造作を加えずとも、視線の流れを整えることで、住まいの落ち着きや奥行きは大きく変わります。
この住まいでは、天井の取り合いや建具ラインを低く抑えつつ、光が抜ける方向へ自然と視線が伸びるよう計画。余白の多い室内でありながら“背筋がほどけるような落ち着き”を感じられるのは、この視覚的設計によるものです。視線誘導は装飾でも技巧でもなく、「生活する人の身体感覚に寄り添う」という普遍的なデザインの考え方から生まれています。

見せない収納がつくる、永く心地よい日常

空間の印象を左右する生活の“雑味”を丁寧に消すため、収納は必要量を確保しつつ、視界に入りにくい位置へ計画しています。
壁の面を崩さない扉ライン、奥行きを確保したクローゼット、窓辺に干渉しない隠れた収納──暮らしの痕跡の見せ方を整えることで、素材や光の変化が素直に生きる空間になります。収納は華やかさを演出するものではなく、空間の“静けさの質”を守るための装置。ここでも「普遍」の思想が貫かれています。