代々木の杜ハイツ

当時の“美の思想”を継ぐ意匠

敷地のすぐそばに佇む代々木八幡宮の杜。その静かな緑はマンションにも流れ込み、豊かな植栽とともに穏やかな時間を育んでいます。
建築当初の配置図を見ると、設計者が樹木と建物の関係を丁寧に描き、各住戸に心地よい「抜け」と光を届けようとしていたことが伺えます。当時の分譲マンションには、外部空間(自然)と室内とが共存する、日本建築の思想が息づいていました。私たちはその日本的な美意識を受け継ぎ、現代の暮らしにふさわしいかたちへと深化させました。

外壁に施されたタイルは当時のデザインを象徴する要素ですが、その素材感を室内にも引き込み、外部と内部の境界をあえて曖昧に演出しています。さらに、タイル側の和室を小上がりとすることで、縁側のような中間領域を設け、内と外をゆるやかに行き来するような空間体験を生み出しました。また、既存の住戸にも使用されていた70年代を代表するマテリアルであるガラスブロックを、寝室とLDKの境界に弧を描くように大胆に配置。当時の豊かさへの熱量を空間に取り込みつつ、寝室の窓から差し込む光をやわらかくLDK全体に届けるよう機能的にもデザインしています。
さらに、既存のプレスガラスの照明器具は洗面所や玄関に移設し、建物が持つ記憶を受け継ぐ形で再利用しました。
高度経済成長期に開発されたヴィンテージマンションならではの美意識や建築的魅力を、日常の暮らしの中で体感できる空間となっています。

家具と建築を繋ぐ

「Tradition Project」の取り組みの一つに、自由設計による造作家具があります。
今回は、マルニ木工がダイニングテーブルを造作し、そのテーブルのモールディング材を、カウンターキッチン、折り上げ天井、縁側へと施しました。家具と建築を一体で設計することで、空間の調和を高めます。

それだけではなく、「Tradition Project」の椅子の張地に採用されているプランツ柄のファブリックをLD建具に採用し、更にカウンターに並ぶスツールの脚に施された意匠をキッチンの間柱に組み込むことで、家具と建築が互いに呼応し合う関係性を可視化しました。

こうした小さな連続が、クラシカルな優美さを日々の生活の中で自然に感じられる空間をつくり出しています。家具や空間には職人の手仕事の痕跡が生き、装飾の切り回し、張り地の質感、モール材の扱いなど、細部のすべてに「Tradition Project」の美意識と調和の精神が宿っています。
それらが折り重なることで、過去から受け継がれた思想が、住まいの中で静かに息づいています。

暮らしの中心に「共に囲む場」を設ける

現在はコミュニケーションの中心的な役割を果たすキッチンは、LDと繋がるオープンな設えに。
キッチンの角になめらかに収まるダイニングテーブルは移動させることが可能な仕様となっています。
普段の食事はこのままで、友人を招待した際には、LDの中心に動かして円卓を囲む。
行為に併せ、空間を可変することが出来る設えとなっております。

奥行きのあるコンロや食洗機、豊富な収納スペースも備えており、生活の機能性を確保しながら、家具のように空間に馴染むキッチンとなっております。

和室の心地よさと時間の重なり

既存の間取りで暗く閉ざされた和室空間があった場所は、襖を開け放すとLDと一体となるセミオープンな空間として再構築しました。
小上がりにすることで、空間にリズムと奥行きを生み、更に窓辺に腰掛けて過ごす“縁側のような間”を実現。
このスペースからは、穏やかな距離感でLDKの様子を眺めることができ、日本の住まいに息づく“内と外のあわい”の心地よさを感じられる空間となっています。襖にはリバティの植物柄をあしらい、柔らかさの中に上品な華やぎを添えました。また、小上がりの奥には布団が収まる収納を設け、ゲストルームとしても活用可能。

かつての暮らしの知恵を現代の生活様式に馴染ませながら、空間全体に時間の重なりを感じさせる設えとしました。

現代的な素材の扱い方

内壁の仕上げに用いたのは、マルニ木工の家具の製作工程で生まれる木粉を練り込んだ左官材。
この試みは、単にサステナブルな素材再利用ではなく、 “木が建築の中で新たな命を得る”という思想の具現化でもあります。
木粉が混ざることで左官はわずかに温かみを帯び、光を受けると木肌のような柔らかな陰影を生み出す。
家具の木目と呼応し、空間全体が一枚の木工作品のような統一感を持ちます。

また、室内にステージングされた家具、マルニ木工による造作のモールディングは、フィンガージョイント技術によって端材を組み合わせた木材を使用。元々は異なる木が一つの材となることで、木目の表情が豊かに生命力を帯びており、空間全体の深みを増してくれます。

※「Tradition Project」とは。
マルニ木工が、1966年カービングマシーンを採用した家具彫刻を開始し、以来現在に至るまで発表している、フランスやイギリスの伝統的な家具様式を取り入れた「エジンバラ」「ベルサイユ」「地中海」などのシリーズを総称して「Tradition」と名付け、マルニのトラッドデザインを再構築し、過去の価値を新たな視点と革新で蘇らせるプロジェクト。
現代の感覚で再解釈し、リモデルやパーツ、素材の組み合わせなど多様にアレンジしました。