(ストーリー)
STORY
静謐な光とともに、
穏やかに息づく。
「静」と「動」が響き合う、南青山
建物があるのは、ブランドショップの並ぶ「御幸通り」から一本奥に入った、静かな通り沿い。
かつてこのあたりは、江戸のころに格式ある武家屋敷が並んでいた場所です。
その落ち着いた気配を今に受け継ぎながら、戦後には本物を知る人々が集う街として、
そして1970年代には、世界のファッションとアートをリードする洗練の地として歩みを重ねてきました。
時を経てなお、この街には、静けさと創造のエネルギーが穏やかに共存しています。
それは住まう人だけでなく、訪れる人にとっても、誇りと心地よさをもたらしてくれるものです。
舞台となるお部屋は、北・南・南の三方向に開口を持ち、
80.53㎡という数字以上の広がりを感じさせる空間。
なかでも印象的で、かつこの居室のポテンシャルでもある北側に大きく開いた複数の窓から差し込む光です。
ですが北側からの光は安定した明るさがあるものの、
南からのふんだんな日差しと比べると薄暗くなります。
プロジェクトを進めていく中で北側からの光の活かし方に向き合いました。
流行の最前線に寄り添いながら、静けさの中で自分と向き合う時間を持つ。
この場所には、そんな暮らしのリズムがよく似合います。
忙しない日々を少し俯瞰して、ひと息つくように。
その想いを込めて、このプロジェクトは始まりました。
北側の光を活かす和紙との出会い。
安定した明るさがあるものの、薄暗い北側からの光をどう活かすか。
そして、穏やかな体験をどう生み出すか。
その答えを探る中で、私たちは“流行的なもの”ではなく“不変的なもの”に目を向けることにしました。
穏やかな体験には、移ろいに左右されない本質的な強さが必要だと考えたからです。
変わりゆくものと、変わらないもの。
その整理の中で浮かび上がったのが、「伝統工芸」という言葉。
そして、北側の光を活かす素材として出会ったのが、”和紙”でした。
出会いのきっかけは、設計者である「建築家二人暮らし」さんがハタノさんが都内での展示会に訪れたことでした。
在廊していたハタノさんと建築家二人暮らしさんがご自身の活動のことや、
本プロジェクトのお話をし、今回のプロジェクトメンバーで一度ハタノさんの工房を訪ねてみることになりました。
和紙という素材の深さを知る。
ハタノワタルさんは京都府綾部市で伝統的な「黒谷和紙」を手がける〈紙漉きハタノ〉の和紙職人。
工房を訪ね、話を重ねるうちに、和紙という素材がもつ奥深さに何度も驚かされました。
まず覆されたのは、「和紙は破れやすい」という思い込みです。
ハタノさんの和紙はしなやかで、驚くほど強い。
「木の皮の繊維が複雑に絡み合っているからなんです」とハタノさん。
千年以上前の文書が今も読めるのは、その和紙の耐久性の証だといいます。
さらに印象的だったのは、和紙と光との関わり。
一般的なビニルクロスが光を強く反射するのに対し、和紙は光を内側で受け止め、やわらかく拡散させます。
障子越しの光が空間を均一に照らすのは、まさにこの性質「乱反射」によるものです。
科学的に見ても、和紙は光を穏やかに整える素材といえます。
そして何より心に残ったのは、その先にある“循環”へのまなざしです。
和紙産業は、楮を育てる農家、紙を漉く職人、道具を作る職人――それぞれの技術が重なって成り立っています。
しかし生産量の減少とともに、それらの仕事の継承が難しくなっています。
ハタノさんは、自ら若手を雇い、地域と協力して楮を育て、道具職人にも制作を依頼しながら、その循環を守ろうとしています。
工房で私たちが目にしたのは、伝統を受け継ぎながら未来をつくる職人の姿でした。
和紙という普遍の素材を通じて、静かに、誠実に、次の時代への道をひらこうとしているのです。